悩まない練習をしよう
もともと悩むのが趣味というか、悪い方に考えるのが得意だったのですが、
年齢を重ねるにつれて、
悩みやストレスからは解放されて、もっとのびのびと生きられたら、と思うようになりました。
そうなりたい、と思うようになった言葉との出会いや学び、
そして私が実践している「悩みを減らす仕組みづくり」などをまとめてみました。
目次
悩まない練習をしよう
ネガティブな自分とのお付き合い
悩みの種を見つける天才だった私。
そう。私は本来どちらかというとネガティブというか、
「あぁだったらどうしよう」「こうだったらどうしよう」って思い始めたらきりがなくて、
悩まなくてもいいことで一生懸命悩むのは得意!という青春時代を送っていました。
想像力が豊かといえば豊か。
だけど今思えば、その想像力を、
もっと素敵で、希望満ち溢れるなにかに使えばよかったなぁと今では思います。
ただ、
ネガティブなことが絶対悪い!ってことはないと思うんですよね。
それこそ生き物って、
「いつ危険な目に遭うかわからない」と、いつも最悪を予期して、
ちゃんと危機管理ができないと生き残れないわけで。
例えば、自分が可愛い草食動物だったとして、
そばに自分や家族を餌にしようを目論む肉食動物が潜んでいないか、常に気にかけていなければ生き残れない可能性大。
シビアな自然界で、「ま、大丈夫でしょ~♪」という風にはいかないですから。
そう考えると、ネガティブなのは生きていくための本能のひとつでもあるはずだ、と。
少なくとも私にとっては、ネガティブに考えることの方が自然で、簡単だったんです。
ハッとした、とある哲学者の言葉
そんな私が、出会ってハッとした言葉があります。
不幸になることは難しくない。難しいのは幸せになることである。
哲学者アランの言葉です。
だから、「幸せになるため努力をする」ことが大事だと、アランは説いたのです。
そうなんですよね、不安ばっかり、あらぬ心配ばかりして過ごすのは、
決してハッピーなことではなかった。
だから、もっと「自分が幸せになること」に一生懸命にならなくちゃいけないんだなぁって、思うようになったわけです。
自分の想像力だって、自分をハッピーにするために使った方がいい。
だって私、不幸になる方が簡単だもん。
ただ今日をごきげんに過ごせるように、
そのためにちょっとだけ想像力を使ってみる。
本来ネガティブな私だからこそ、心がけようと強く感じることとなりました。
薬膳の世界でも、感情のコントロールは大事
そういえば薬膳の先生も、同じようなことを言っていました。
「人は案外、自分でストレスを作っているものなんです。」
おそらく、ストレスを生み出すのって、ストレスを解放するよりも簡単です。
だから、ストレスフリーになる努力をすることは
心身のためにも本当に大事なんだと。
こういった感情や情緒面と、心身のバランスを切り離して考えることは
薬膳(中医学)の世界ではありえません。
心身を健やかに保ちたいのなら、積極的にストレスはリリースしないといけない、ということになります。
これはまた別の、
有名な中医師の先生の講演を聞きに行った時。
中国人の先生だったのですが(もちろん日本語はペラペラでいらっしゃいます)、
「中国の女性に比べて、日本人女性は”肝”のバランスが悪い人は多い」と。
そう見えるようです。
”肝”のバランスが悪いというのは、ストレートに表現すると「ストレスを感じやすい」ということになります。
日本の女性は総じて、ストレスを溜め込みやすい傾向がある、と
その先生は分析されていました。
「ストレスを感じやすい」「ちょっとしたことでも不安になりやすい」「悩みやすい」
これらは私自身、とても身に覚えがあること。
だからこそ人一倍、「ごきげんでいたい」とこだわっているのだと思っています。
そして同時に、もしかしたら
想像以上にそういう女性は多いのかもしれないと感じました。
幸せになるために、悩まない練習をしよう
アランの幸福論でいえば、私たち人間は
「幸せになる努力が必要だ」と。
それは言い換えると、「くよくよ悩まない練習が必要だ」ともいえると思うのです。
「悩むことが得意」から「悩まないことが得意」になりたい。
いつ頃からかそう思うようになり、
私なりに工夫して過ごすようになりました。
私の「悩まない練習」の一例を取り上げてみると
・・・こんな感じです。
悩んだ時はノートに書き出して気持ちの整理をする
悩んだときはノートに書き出します。
文字に起こして自分の感情を整理し、一旦悩みの内容を俯瞰して捉える、ということ。
頭の中にあるときはぐちゃっとしてわかりにくいのですが、
文字にしてみると、そして
それを眺めてみると「こんなもんか」と思うことも少なくないのです。
そして、ノートをつけていると、いつのまにか悩みが解消されていたりして、
だんだん「長期的な視点でみれば、悩む必要がないことっていっぱいあるなぁ」と実感できたりします。
ノートをつけ始めて悩みにくくなったのは
「これもきっと来年、再来年には消えてる悩みかも」と、いい意味で深刻に捉えなくなったから、というのもひとつだと思っています。
「ま、いいか」は魔法の言葉
もやもやしているのに、ノートが手元にない!というときは
「ま、いいか」とつぶやいてみます。
まぁよくはないときでも、とりあえずつぶやいてみる。
「まいっか」って不思議な言葉で、そうつぶやくとなんとなくいいように思えるんです。
「ま、いいか」という言葉のリズムがいいのかな、と思います。
短く一呼吸おくくらいの長さ。
なにかの緊張状態にあったり切迫したときって自然と呼吸は浅くなっています。
そういうときに、ひと呼吸おく、というのは有効な方法だと思っていて。
呼吸って意識してないと忘れやすいので、ここは「ま、いいか」という言葉が役に立つんです。
そういう意味では魔法の言葉だなぁと思っています。
なんでもふんわり肯定してみる
悩みの多くは自分自身が作り出すもの、特に自分の「完璧主義な部分」が多いに影響しているようです。
「こうしないといけない」と思う部分があるから悩んでしまう。
そして「こうしないといけない」と思う裏側には自分が決めた「善悪」が存在しているのはよくある話。
「善と悪」「正義と悪」「よしわろし」・・・
こういうジャッジ癖が悩みを引き連れてきやすいのだとしたら、
なんでも一旦ふんわりと肯定してみよう、と思うようになりました。
何か一方を強く肯定したら、それは別の面を否定することにもなる。
例えばですけど、私はできれば「使う調味料は無添加がいい」と考えていますが、
無添加を強く肯定するあまり、「添加物を悪だ」と考え始めると、添加物が入ったものを口にしたときに罪悪感が生まれてしまいます。
〇〇は悪、という考え方に捉われるあまり、不幸感が生まれてしまう。それって残念なことだと思うのです。
基本的には「どちらかというとこちらが好き。でも最終的にはどっちでもいい」くらいの気持ちの軽さが心地よく感じます。
実際、どちらかというとオーガニックなものが好きだけど、罪悪感なくジャンキーなものもいただきます^^理由はその方がハッピーだから。
「善悪」というと、ちょっと似たような言葉が薬膳の世界でもあります。
「陰陽」という概念で、ひとつの物事にふたつの面がある、と考える考え方。
陰陽と善悪ってなんとなく似ているようにも見えるんですが
実は大きく違う部分があって、
陰と陽に優劣はない、ということ。
どちらの面にも意味があり、片方だけでは成り立たないことを示します。
思えばそのことに気づいてから、物事をジャッジするということは少なくなり、
悩みの種も減ったような気がします。
物事の多くに一見「いい面」「悪い面」があるように感じられても、
よく考えると善悪があるわけではない。
そんな風に思うようになってから私は
”なんでもふんわり肯定派”でいってみよう〜、と思っているんです。
楽になること、を率先してやる
さらに薬膳を勉強していて感じたことは
「楽になる」ことに積極的になってもいいのかも、ということです。
「人に楽してると思われる(=悪)」っていうとらわれって、案外染み付いてる人も多いと思うのです。
もちろん怠惰はよくないけれど。
でも「心地よい状態」=「楽な状態」と捉えると、楽になるように工夫することは全然悪くないはずです。
思えば「薬(くすり)」という漢字は「くさかんむり」に「楽」と書きます。
草冠なのは、とてもイメージしやすい。昔は草や植物を薬に使っていたから。
でも「楽」ってなんなんだろう、と思うのです。
これは実際、諸説あるようで、楽=療を表してるとか、いろいろあるみたいなんですが、
なんにしても「楽」っていう言葉が入ってるのは、なんかいいなぁと思います。
楽になっていいんだよ。
そういうちょっと、「薬」という言葉には
楽になることにポジティブな響きが感じられて、私は好きです。
心身が楽な状態を知り、そうなるよう工夫することは大事なことだと思います。
とことん頼る
悩みがあるなら、そして今辛い状態なら、「頼る」というのは大切な処方箋だと感じます。
これは人もそうだし、物でも。
頼れるものは頼ったらいい。
頼りにくい、と感じるのは、なんとなくそれを悪だと考えているか、頼る環境が整備されていないか、の
どちらかということが多いかもしれません。
そう考えると「頼る」ってそれなりに努力が必要というか、
頼れる環境は自分で作っておかないといけないケースもあるので準備が必要ですね。
その努力こそ、自分を幸せにする努力のひとつと考えてもいいのだと思います。
まとめ
もともと悩みの種を見つけるのが得意だった私が、いろんなことを勉強し経験することで、ちょっとずつ悩みににくくなった経験を記しておきたくてこの記事を書きました。
もちろん今でも完璧ではないです。悩みの種はいくらでも風に乗って舞い込んできます。
でも、できれば小さな芽のうちに摘み取っておきたい。
じゃないと、悩みの種ってね
本当に咲かせたい花の栄養分まで、奪ってしまう存在になり得るから。
これからも人生は悩みの連続なのでしょう。
人生は想像以上に複雑で愛おしいものだと感じます。
だからこそ自分のために、「悩みを減らす仕組みづくり」をしておけたらいいなぁと思うのです。
それがまわりまわって、「ごきげんな人生」をサポートしてくれるのではないかぁと感じています。
まずは自分をごきげんに。できることからやっていきましょうね。
ではまた。
ごきげんな日々を過ごせますよう、今日もぼちぼち!
もし、心身のバランスが崩れた影響で「悩みやすい」状態になっているのであれば、
薬膳でバランスをいい状態にもっていくのも解決への一歩になるかもしれません。
薬膳を知ってみたいと思われた方は、こちらもぜひ。
ごきげん美人さん -こまさんと始める薬膳レッスン-